[書評]日本を変える「知」

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こんなに使える経済学 肥満から出世まで」に引き続き、日経ビジネスの連載「経済学っぽく行こう!経済学っぽく社会を考える、勉強本リストはこれだ!」(閲覧には日経ビジネスオンラインへの会員登録が必要です)のリストから「日本を変える「知」」をご紹介。

本書は、芹沢一也氏が主宰する「SYNODOS(シノドス)」のメールマガジン「αシノドス」に掲載されたもののうちから

現在もっとも必要な五つのジャンルのセミナーをセレクトし、さらに大幅な加筆を行っています。経済、政治、教育、社会、そして思想(はじめに:5p)

に絞って書籍化されたもののようです。

「SYNODOS(シノドス)」については日経ビジネスの連載「経済学っぽく行こう!01 みなさん、「勉強」してみませんか?」をご覧いただければよくわかりますが、

芹沢 まず社会に何が起こっているかという具体的な事実を知りたいし、同時に、なぜそのような変動が起こっているのかという原理的な理由も理解したい。いまもっとも必要とされているのは、事実を原理的に説明できる「知」だと思いますね。 (01 みなさん、「勉強」してみませんか?)

と考え、「事実」と「原理」からアカデミック・ジャーナリズムを作ろうとしている、と芹沢氏は言います。

また、普通の「人文・社会学系論壇」にいままで参加をしていない「経済学」の人間が入っていることも特徴のようです。(「01 みなさん、「勉強」してみませんか?」の中で記者も驚いていますが、「人文」といった場合に「経済理論」は含むが「経済学」は含まれない、というのを改めて認識しました。)

目次を見ていただければわかるように、飯田先生から始まって5人の論者がそれぞれの専門のセミナーを行い、それに対して他の論者が質問をぶつける、という形で構成されています。

『「経済学っぽい考え方」の欠如が日本をダメにする』では、「経済学的思考法」を経済学用語の解説と現実の問題に絡めながらの解説(「ノーフリーランチ」「ティンバーゲンの定理」「マンデルの定理」等)で「経済成長って何で必要なんだろう? (SYNODOS READINGS)」に出てきた話の繰り返しの部分もありますが、経済学の初学者にも非常にわかりやすいお話となっています。

『ニッポンの民主主義』では、日本における「政治改革」の解説から始まり、「二大政党制」「小選挙区制」の問題点、イギリスやアメリカをはじめとする各国の現況、それらの解消として「討議デモクラシー」「闘技デモクラシー」の紹介という構成となってます。

『教育・労働・家族をめぐる問題』では、教育を受ける権利や職業選択という点で、親の学歴と所得、進学する学校がどう影響するのかをデータから分析し、労働問題においては労働時間とやりがい、所得などから「中核的正社員」「周辺的正社員」「非正社員」というように分化していっていることを明らかにし、問題定義をしています。

『日本ならではの「再帰的不安」を乗り越えて』では、

現代を「後期近代(レイトモダニティ)」と呼ばれる社会の特徴を有しており、そこでは「再帰性(リフレクシビティ)」に駆動された不安が目立つようになっている。(228P)

と定義し、「近代」「脱近代(ポストモダン)」「後期近代」の解説をした後に「不安にとりつかれた」日本社会の現状を分析しています。

『誰もネオリベラリズムを前面否定できない」では、「ネオリベラリズム批判」に対して個別に徹底した考察を加えることによって反論し、「神議論の不可能性」やネオリベラリズムを乗り越えるためのについてを解説しています。

どの論者も基礎的な知識を解説するという形ですので、知識のない部分については面白いと思える部分があるのですが、教育問題を読み始めたはずが途中から労働問題に変わって、結論の部分で社会問題を論じている本田由紀氏は論外としても、事象に対して「理論」の解説で進む鈴木謙介氏や章については「人文系」独特の読み難さがあって、章によっては一般にはあまりお勧めし難い本ですね。

目次
I 「経済学っぽい考え方」の欠如が日本をダメにする 飯田泰之(経済学)
 エコノミストの思考法へ/マル経王国の残滓/経済学的思考の二つの基本/輸入学問における訳語問題/自由貿易はつねに「正しい」/格差や利益分配の不平等がある場合は?/ミクロ経済政策の不可能性/官僚に経営能力はない/ティンバーゲンの定理/ティンバーゲンの定理のイミ/マンデルの定理/イメージにすぎない国際競争力/アメリカの労働政策の成功/無力な財政政策/競争とは何か?/行政指導の不在がもたらした日本経済の成功/やる気のない金融政策/財による再分配はダメ/所得税の累進課税がもつメリット/複利問題の恐ろしさ/韓国に抜かれるまで気づかない/経済学的な政策立案がうまくいかない理由/産業構造の複雑化と人口構成の変化/政策システムの失敗
II ニッポンの民主主義 吉田徹(政治学)
 研究テーマはフランスとヨーロッパ政治/セミナーのモチーフ/日本における政治改革のはじまり/政治改革の二本柱と選挙制度/マニフェストというマジックワード/二大政党制を生みだしたものは何か?/政治工学の実験/政治学における唯一の法則とは/小選挙区制と二大政党制はどう関係するか/丸山眞男のアンチ政治工学/二大政党制への本能的な脅え/二大政党制のマイナス点/カルテル化する政党/政党の争点隠し/二大政党とポピュリズム/デマゴギーとしてのマニフェスト/そもそもイギリスは二大政党制か?/刷り込みとしてのイギリス型デモクラシー/世代としてのアメリカ政治科学者/二大政党制の脱神話化/歴史的パッケージとしての政党/三つの意思決定と、三つの政治参加/ネオリベラリズムに対する対抗構想の不在/デモクラシーの二つの系譜、あるいは討議と闘技/情念と衝動にもとづく闘技デモクラシー
III 教育・労働・家族をめぐる問題 本田由紀(教育学)
 社会の変化/家族と教育をめぐる分断/都立高校の三つのグループ/教育課題校/クリームスキミング/鶏口牛後効果/秋葉原連続殺傷事件の加藤容疑者/学歴と職業的地位の対応性/若い世代ほど、「良い大学」が「良い仕事」に結びつく/SSM若年調査の分析/長時間労働者はきついけど充実/中時間労働者/各層の極端さや偏り/多様化・細分化が進む若い労働者/「周辺的正社員」と「中核的正社員」/高い労働倫理/消費者マインド/生活が「不可能の時代」/団塊世代と団塊ジュニア世代/戦後日本型循環モデル/中身の空洞化/循環の破綻による二極化/ばらばらの個人/パイの奪い合い/エゴイズムの蔓延する社会/凝集性の強さ/ヴォイスとエグジット/日本をどう立て直していけばいのか?
IV 日本ならではの「再帰的不安」を乗り越えて 鈴木謙介(社会学)
不安にとりつかれた現代
 後期近代と再帰性/根っこのところにある「不安」
現代は「新しい時代」なのか
 曖昧な「近代」/脱近代(ポストモダン)という考え方/時代の最新バージョン
社会思想としての脱近代
 「大きな物語」の解体/左翼的な価値観が揺さぶられていた時期/掘り崩される「国家」/認識的相対主義/「脱工業社会論」と「脱近代論」の区別
個人の価値観はなぜ多様化したのか
 脱近代と後期近代はどう違う?/価値観の多様化、相対化/方向感覚の喪失
「近代の徹底」としての後期近代
 目標を、自分の中にしか探せない/「内部指向型人間」と「他者指向型人間」-リースマンの議論/近代の仕組みが徹底された時代/静的ではなく動的
脱産業社会論を見直す
 産業面での社会変動/シンボリック・アナリスト/広がる国内格差
欧米とは異なる日本の後期近代
 二つの特徴/日本の消費社会/再帰的な意識ばかりが加速する日本/若者に本当の意味での「仕事」を
V 誰もネオリベラリズムを前面否定できない 橋本努(思想・哲学)
 僕自身の思想的な背景
ネオリベラリズムの歴史的背景とリバタリアニズムとの差異
 ネオリベラリズムの歴史的背景/リバタリアニズムとの違い
ネオリベラリズムとは何か。その乗り越え(不)可能性
 論者によって定義が違うネオリベラリズム/ネオリベラリズムを全否定する論者は一人もいない
ネオ・ケインジアンとポスト・ワシントン・コンセンサス
 国家の規模は大きくなっている/福祉予算は削減されていない/ワシントン・コンセンサスとポスト・ワシントン・コンセンサス
教育界からのネオリベラリズム批判に対する再批判
 能力別のクラス編成を認めるか/本来の主体性/ダブルバインド状況が教育の基本
フーコー派からの批判への再批判
 統治性(ガバメンタリティ)からの解放/ネオリベラリズムが一番歓迎するのがネオリベラリズム批判
「世界社会フォーラム」の思想
 敵は社会民主主義勢力/ネオリベラリズムに対抗するものではない
神義論の不可能性
 正当化されていないものを拭いたいという欲求/努力は報われるか/「善き生」へのいかなる教義も与えない/潜在能力の全面開花は可能か/ネオリベラリズム批判だけではダメ
執筆者一覧
芹沢一也(せりざわかずや)
1968年東京生まれ。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。SYNODOS代表。慶應義塾大学非常勤講師。専門は近代日本思想史、現代社会論。
荻上チキ(おぎうえちき)
1981年兵庫県生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。批評家、「トラカレ!」主宰。テクスト論、メディア論が専門。
飯田泰之(いいだやすゆき)
1975年東京生まれ。エコノミスト。駒澤大学経済学部准教授。専門は経済政策、マクロ経済学。
吉田徹(よしだとおる)
1975年東京生まれ。北海道大学法学研究科准教授。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。
本田由紀(ほんだゆき)
1964年徳島県生まれ。東京大学大学院教育学研究科教授。若年労働市場や教育意識に関する実証研究が専門。
鈴木謙介(すずきけんすけ)
1976年福岡県生まれ。関西学院大学社会学部助教。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員。専攻は理論社会学。
橋本努(はしもとつとむ)
1967年東京生まれ。北海道大学経済学部准教授。専門は社会哲学。

【編著者紹介】